さくらノート横浜・横須賀・川崎版vol.19
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理想の教師像と挑戦する力を与えてくれた先生神奈川県立磯子工業高等学校定時制リレーエッセイ「その19」今回は小杉 武司先生ですくちょ かろたょうせんめら、定時制では総合学科として工業技術・情報技術・自然科学・人文国際など、色々な科目を選択することができるんです。私が担当する理科で、生命の進化として教科書には載のっていない恐竜やそれ以前の生物の歴史について教えているのも特とう徴の一つです。生の頃こ。両親が大学教授ということもあり、勉強で分か私たちの学校は工業高校でありなが私が教師になりたいと思ったのは高校らないことがあると親に教えてもらっていました。理解するまで何時間でも特別授業が受けられた環境は、すごくありがたかったですね。学校では逆に自分が勉強の苦手な友達に教えてあげることもあり、そこで初めて〝教える喜び〟を感じました。でも私が教員になる道を選んだ一番のきっかけは、中村博文先生、宮崎太郎先生との出会いがあったからだと思います。中高一貫で過ごした6年間のうち、3年も担任としてお世話になった中村先生は、ほわっとしていながら授業はとても分かりやすく、どんな相談にも真っ直ぐ応えてくれる〝情熱を持った大人〟でした。私も担当教科を教えるだけではなく、中村先生のように「この人だったら」と信じてもらえる存在になりたいと、今でもお手本にしています。宮崎先生は私が中学・高校時代に所属していた演劇中学時代、裁判員裁マの『十二人の怒いれる男』をやろうと提案されましたが、中学生にはとても難しい内容。しかし先生に「面白いからやってみよう」と背中を押され、挑ちん戦してみると大成功。未知のものに立ち向かう楽しさを教えてくれたこの舞ぶい台で見た景色は、今でも記憶の中に鮮せい明に焼き付いています。私自身、教員になりたての頃は授業の準備に部活に委員会、事務作業と、やることの多さに心が折れかけたこともありました。それでも続けることができたのは、この経験があったからかもしれません。進路指導で生徒から「この仕事は大変だよね」と自信のない声を耳にすると、「まずはやってみよう」と伝えるのも、挑戦することで何かが変わると信じているから。私たちが背中を押すので、皆さんも将来に向けて、恐れずに一歩を踏み出して行ってください。■■■■■■■■【こすぎ たけし】 33歳■子開成中学校、■子開成高等学校中学・高校時代、演劇部とバンドを並行して活動していた経験を活かし、軽音楽部問を務める。現在でもバンド活動は続けているそうで、軽音楽部で部員が足りの顧張感が必要」ないときは一緒にステージに立つことも。「何事も本気でやるには緊と、学生時代から常に人の前に立ち続けている。担当教科は理科。24神奈川県立磯子工業高等学校 定時制進路担当 理科教諭学生時代打ち込んでいたのはギター!軽音楽部は、ドラムス絶賛募集中!判部がの顧テー問。小杉 武司 先生

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